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360°動画が引き起こす「共感」は「共感の幻想」かも知れない - VR Inside

360°動画が引き起こす「共感」は「共感の幻想」かも知れない

     

海外メディアThe Vergeは、先月開催されたトライベッカ映画祭で起こった360°動画に関する論争を報じた。

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「共感装置として360°動画」という常識

先月開催されたトライベッカ映画祭では、360°動画を集めた特集上映が行われた。

その特集上映において、コンゴ共和国でゾウの密猟を監視するレンジャーを主題とした360°動画ドキュメンタリー「The Protectors: Walk in the Ranger’s Shoes」が上映され、好評を博した(トップ画像)。

映画「ゼロ・ダーク・サーティ」を監督したKathryn Bigelowは、同ドキュメンタリーに対して感想を求められた時、以下のような簡潔なコメントで答えた。

私が思うに、この映画の感想はシンプルに「共感」と言えます。

360°カメラで撮影したドキュメンタリー映画に対して「共感」という言葉を使うのは、実はもはや常套句になっている。

360°動画に対して「共感装置(empathy machine)」という言葉が始めて使われたのは、映画批評家Roger Ebertであった。

その後、この言い回しは映像作家Chris Milkが2015年に行ったTEDでのプレゼンテーション「なぜバーチャル・リアリティーは究極の共感装置となりうるか」によって、世界中に知られることとなった。

確かに、伝統的な映画より「現場」に立ち会った体験をもたらす360°動画は、直視した現場に関する激しい感情を引き起こすのは事実である。そういった意味で、「共感装置」という常套句は非常に的をえた表現である。

「共感の幻想」を生み出す360°動画?

しかし、同映画祭において、この「共感措置」としての360°動画に対する意義が唱えられた。

病気のためベットで寝たきりの女性を題材とした360°ドキュメンタリー映画「Unrest」を出品したAmaury La Burtheは、自分の映画は「共感」を呼ぶために作ったのではないと明言したうえで、以下のように発言している。

わたしはただ、360°動画を使ってより適切に事実を伝えたいだけなのです。360°動画は、事実以上の何かを加えるべきではないのです。

同じく360°アニメ映画「Extravaganza」を出品したEthan Shaftelは、360°動画が生み出す没入感に関して、以下のようにコメントした。

VRはまさに没入感を生み出す装置です。ヒトを「今ここ」とは違うどこかに連れ去ってしまいます。

しかし、VRは伝統的映画とは異なり、見たものに対する感情を増幅するというより、動画を見ているヒト自身の感情を強制的に増幅するのです。

360°動画が引き起こす「自己の感情の強制的増幅」については、トライベッカ映画祭が開催される1ヶ月前にゲーム開発者のRobert Yangが自らのブログで、以下のような表現で説明している。

もしも360°動画によって(難民キャンプのような)悲惨な現場を目撃しなければ、共感する感情が沸かないとしよう。

...しかし、そうしてわき起こった感情は「共感の幻想」でしかない。

同氏の表現の真意は、360°動画によって強制的にわき起こった感情は、自発的に生まれた共感と比較したらニセモノでしかない、と解釈できるのではなかろうか。

VRヘッドセットは現在の「ルドヴィコ療法」なのか?

強制的に「共感」を生み出すVRヘッドセットは、本記事の最初で引用したゾウの密猟を監視するレンジャーの映画のように「正しい」ことに使えば、ヒトをよりよい方向に導くかも知れない。しかし、その導きが「強制的」であることは果たして正しいのだろうか。

ある種の装置を使って強制的に良心を植え付けることに関しては、映画「時計仕掛けのオレンジ」において痛烈な皮肉を込めて描かれている。

同映画では、主人公アレックスが悪行ができなくするための手段として「ルドヴィコ療法」というものが登場する。この療法を簡単に説明すると、苦痛を与えながら残虐映像を見せ続けることで、残虐なことを考えただけで苦痛が感じるように洗脳する装置だ。この療法に使われる装置が、驚くほど今日のVRヘッドセットの構造に似ているのだ(下の画像参照。ただし、この画像は映画を再現したコスプレ画像である)。

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今後、360°動画が普及するにつれて、「強制的に感情を生む」作用に関する研究が進むだろう。しかし、この作用は何の規制もなしに使って良いものなのだろうか。たとえ「良いこと」に使ったとしても、「強いられた」良いことは本当に良いことなのだろうか。

VRがもたらす没入感に関しては、現状ではあまりにもその倫理的側面が掘り下げられていない。「VRと倫理」に関する議論は、これから避けて通れないものではなかろうか。

トライベッカ映画祭で起こった360°動画に関する論争を報じたThe Vergeの記事
https://www.theverge.com/2017/5/3/15524404/tribeca-film-festival-2017-vr-empathy-machine-backlash

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吉本幸記

Writer: 千葉県在住のフリーライター。ITエンジニアとしてスマホアプリの開発等に携わった後、 フリーライターとして独立。VRをはじめとした最新テクノロジーがもつ社会変革の可能 性に注目している。 http://resume21century.blog.fc2.com