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VRが脳に与える影響とは?VRが脳や身体に及ぼす影響について調べてみた

2021/08/16 16:31

仮想世界にもう一つの現実を作り出すVRは新時代の娯楽と言えます。

エンタテインメントやビジネスで活用されるなど普及が進むVRですが、まだまだ私たちにどのような影響を及ぼすかは研究が進んでいる途上です。

そこで、VRが私たちの脳や体にどのような影響を与えるか、現在明らかになっているものについてご紹介します。



VRに騙される脳

VRでは現実には存在しないキャラクターと触れ合ったり、今いる場所とは全く違う場所にいる感覚を楽しむことが可能です。

そのようなVR体験の代表的なものとして、高層ビルに渡された木の板の上を歩く「Richie's Plank Experience」が挙げられます。

YouTubeなどに投稿された同作のリアクション動画では、家族がいる部屋の中であるにもかかわらず、腰を抜かしたり足がすくんで前に歩けなくなったりする人を見ることができます。

 

しかし、「Richie's Plank Experience」は決してリアルなグラフィックというわけではありません。

にもかかわらず、なぜ私たちは本当の高所にいるかのような恐怖を感じるのでしょうか。

VRが脳を騙す仕組み

VRゴーグルには左右2枚のレンズが配置されています。

この2枚のレンズにより、VR映像にリアルな奥行きを再現します。

立体感のあるVR映像により、決して鮮明なグラフィックではなくとも私たちの脳はVR空間を現実の世界と錯覚してしまうのです。

分かりやすい例として、長くVRを研究しているハンブルグ大学のフランク・シュタイニック博士は、VRゴーグルを装着した被験者に椅子に座ってもらう実験を行いました。

 

画像:シュタイニック博士による実験(YouTubeより)

部屋の中に椅子を置きVR空間の中にも実際とは違う位置に椅子を配置して、被験者は椅子に座るように促されます。

そして実験中にVR空間の椅子は徐々に実際の椅子の位置に重なるまで移動する仕組みです。

当然被験者は緩いカーブを描きながら無事に椅子に到達しましたが、本人は「椅子に向かってそのまままっすぐ」歩いて行ったつもりだったそうです。

VR空間で認識したままに行動した結果、現実には全く違う行動となっていたということになります。

これは、ゴーグルに表示される視覚情報によって、方向感覚・方向認識までもが騙されたことが原因です。

 

VRが脳に及ぼす影響

このように巧みに脳を騙すことができるVRですが、それだけに私たちの脳の働き方や考え方にまで影響を及ぼすことがあります。

VR体験を

「『メディア経験』ではなく『経験』そのもの」

であるとするのは、

「VRは脳をどう変えるか? 仮想現実の心理学」

の著者であるジェレミー・ベイレンソン教授です。

米国・スタンフォード大学の心理学教授であるベイレンソン教授は、Oculus買収前のFacebook CEOザッカーバーグ氏にVRに関するレクチャーを行ったことでも知られています。

ベイレンソン教授によれば、没入感の高いVR体験は人の脳に働きかけ、VRは体験者の行動を変容させることもできるとのことです。

例えば、若い体験者をVR空間で高齢者のアバターに変えることで、普段高齢者がどのように世界を感じているかを体験するという実験が行われました。

それまで高齢者へ関心が高くなかった若者でも、高齢者に対して優しさや肯定的な気持ちを向けるようになったとのことです。

同様の試みは、VRによる難民キャンプでの体験を通じて難民への思いやりを喚起するといったものでも行われています。

このように、VRで他者の立場を体験するという強烈な経験は、その立場にある人への考え方や向き合い方を変える力があります。

さらに、VRには脳の働き方を直接的に変える力もあるようです。

その実例を見てみましょう。

脳の働き方を変えて激痛を緩和するVR

鎮痛剤を打っても効かないような激痛を感じている重度の火傷を負った患者にVR体験をさせ、感じる痛みの緩和につながったことが報告されました。

しかも、単なる気休めではなく、脳の働き方にはっきりとした変化が起こったことが明らかにされています。

そのため、長時間にわたるVR使用の安全性を懸念する声も多いようです。

脳の働き方をも変える経験となるVR体験は医療にも応用され始めています。

次に医療現場で利用されるVRの例を見ていきましょう。

心を癒す治療に応用されるVR

ベイレンソン教授の著書の中で紹介されているのは精神医療分野におけるPTSD治療です。

2001年の911同時多発テロでは多くの人がPTSDに悩まされました。

PTSDの治療ではトラウマになった状況を再現する曝露療法が行われますが、テロ事件の場合には再現は困難です。

しかしVRが普及し始めてから、米国の精神医療現場でテロ事件当日の様子を忠実に再現したVRコンテンツを制作し患者に視聴させる試みをスタートさせました。

これまで有効な治療ができなかった911のPTSDですが、VRを導入してから治療に目覚ましい効果がみられたとのことです。

そのため、イラク戦争に従軍した元兵士たちのPTSD治療においてもVRが用いられるようになりました。

幻肢痛の治療にも役立つ

 

画像:東京大学

PTSDだけでなくVRは幻肢痛の治療にも活用されています。

幻肢痛とは、手や足を切断した患者が無くなったはずの手・足の痛みを感じるという症状です。

これまでは幻肢痛の緩和には、残った手足を動かす様子を鏡で映して幻肢を動かす感覚を与えるという鏡療法が行われていました。

しかし、この鏡療法に代表される従来の治療法は効果がある患者とない患者との差が大きいという問題点があります。

そこで、VR空間の中で手足を動かして幻肢を思い通りに動かす感覚を与えるVR療法が近年行われるようになりました。

これまで以上の緩和効果が見られるようになり、効果的な治療ができるようになっています。

ただ、東京大学の住谷昌彦准教授の研究によると、VR療法にも緩和しやすい幻肢痛の特徴が明確にあるとのことです。

住谷準教授は痛み緩和のオーダーメイド治療の可能性がVR研究によって広がることに期待が高まるとしています。

参考:東京大学HP特集記事



VRは体も騙すこと明らかに

 

VRが騙すのは脳や心だけではありません。

近年では、国内外の研究によってVRは体も騙すことが明らかになってきています。

VRが体を騙す仕組みのカギとなるのが「クロスモーダル(感覚間相互作用)」です。

五感の中の特定の感覚が刺激を受けることで他の感覚に影響し、体験していないことを体験しているように感じることを指します。

東京大学・鳴海拓志准教授によるクッキーの実験が、クロスモーダルによりVRが体を騙すことの代表的な例です。

実験では、プレーンのクッキーを食べるときに特殊な仮想現実デバイスを装着して見た目をチョコクッキーに変えました。

 

画像:Youtubeより

このとき、実験の被験者はプレーンのクッキーを食べているのにもかかわらず、チョコレートクッキーを食べたと認識したとのことです。

通常、クッキーを食べるときには目で確認したあと、匂いと味を感じることによってクッキーがプルーンかチョコクッキーかを認識します。

しかし、実験ではデバイスで見た目がチョコクッキーになったことで視覚以外の感覚が補完され、チョコクッキーを食べたと勘違いしたのです。

この実験で使用されたデバイスにはチョコレートの香りを流す機能もあったとはいえ、視覚情報が他の間隔よりも非常に強力であることがわかります。

VRを使って健康増進

鳴海教授はこのクッキーの味を変える実験の他にもVRの体への作用に関する実験を行っています。

その一つがVRによって満腹感をコントロールする実験です。

参考:拡張現実感を利用した食品ボリュームの操作による満腹感の操作(論文)

実験では独自のデバイスによって手に持ったクッキーの大きさが変わったように見せます。

 

画像:Youtubeより

大きく見せた場合には食べる量が平均で9.3%減少し、小さく見せた場合に食べる量が平均で13.8%増加したとの結果が得られました。

この結果を利用して肥満治療や食事療法などでのVRの活用が期待されています。

VRによる健康への悪影響は?

脳と精神、身体にさえ影響を与えるほど強力なVR体験ですが、そこで懸念されるのが健康への影響です。

興味深い例としてとあるVRプレイヤーが自ら体験した実験があります。

VRchatのヘビーユーザーである「なりはら」氏はVRと身体の感触との関連を好奇心から調べていくうちに、VRギロチン実験を考え付きました。

この実験はVRchat内のギロチン台が設置されているワールドで、自らギロチンにかけられるというものです。

その結果、

  • 全身から冷や汗が吹き出す
  • ・手足がしびれる
  • ・意識が遠のく

といった症状が出たとのことです。

このように、身体に関しても強烈な体験となるVR体験は身体に悪影響をも与えることもあります。

健康への影響で最もわかりやすいのは「VR酔い」です。

脳と体の感覚の不一致により生じるVR酔いは、吐き気やめまいを伴い直接的にVRが身体に影響を及ぼすものといえます。

VR酔いを起こしやすいコンテンツの傾向は分析が進んでおり、VR酔いを回避することは可能です。

しかし、反対にあえてひどいVR酔いを起こしうるコンテンツを流すことで、世界中のユーザーに対するテロ行為の危険性も指摘されています。

まとめ

VRは脳を騙して今いる現実とは違う仮想現実の世界を見せてくれる技術です。

そのため、VR体験は単なるメディア体験ではなく、本物の体験として脳と体に刻み込まれることになります。

体験として強烈な分、脳の働き方や考え方に大きな影響を与えることも可能です。

良い方向に使えばPTSD治療などに使うことができますが、反対に偏った考え方を植えつけたり洗脳といったことに悪用されないか気をつける必要もあります。

また、身体的にもVRは影響を及ぼすことが多いこともわかってきており、医療への活用が期待される一方やはり心配されるのはVRユーザーに対して危害が加えられることが懸念されているようです。

実際、「VRは脳をどう変えるか? 仮想現実の心理学」の中でもジェレミー・ベイレンソン教授は、VRに関して速やかなルール策定の必要性を訴えています。

これからVRが社会的なインフラとして普及していく上での大きな課題となりそうです。









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