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紛争地域で対立する戦闘員の証言をVR体験することで争いの根源を問う展示「The Enemy」が開催中

VRはヒトに強い感情を喚起するちからを持つことは本メディアで度々事例を挙げて紹介し、そうした事例の多くは「イマーシブ・ジャーナリズム」という動画コンテンツと呼ばれている。本メディアで紹介してきた同ジャンルの動画は、被災地や難民キャンプといったすぐに訪れることはできない場所の災禍を伝えるものが多かった。こうしたコンテンツによって喚起される感情は、同情や共感といったものだろう。それでは、もし紛争地域の戦闘員と対面したら、どのような感情を抱くべきだろうか。そのような問いを投げかける展示が開催されている。

「The Enemy」の展示の一部のスクリーンショット

対立する戦闘員の証言を同じ空間で体験する

「The Enemy」を体験する展示来訪者の画像

「The Enemy」を体験する展示来訪者

アメリカ・マサチューセッツ州のケンブリッジにあるマサチューセッツ工科大学美術館では、2017年末まで「The Enemy」と題された展示が開催されている。同展示の最大の特徴は、来訪者はVRヘッドセットを装着して展示を体験することだ。来訪者が装着するVRヘッドセットは、バックサック型のPCに接続されているので、展示室内を自由に動けるようになっている。

VRヘッドセットを装着した来訪者が目にするのは、白い壁が印象的なホールのような部屋だ。この部屋には、何人かの男性が自らの肖像画を背にして立っている。男性は二人が向かい合わせになるようにして立っており、その二人の組が3つある。男性たちは、誰もが「普通ではない」雰囲気を醸し出している。彼らは、みな紛争地域の戦闘員なのだ(トップ画像参照)。具体的にはコンゴ共和国、パレスチナとイスラエル、エルサルバトルで対立する戦闘員が、向き合っているのだ。

戦闘員に近づくと、彼は自分がなぜ戦うのか、なぜ敵が憎いのか、ということを語り始める。その話を聞いた後、向かい合っている他の戦闘員に話を聞くと、同様に向かい合っている敵と戦う理由を話してくれる。

なお、VR空間で出会う戦闘員には実在のモデルが存在し、彼らが語る話も実話である。

VR展示「The Enemy」(英語で「敵」という意味)は、紛争地域で渦巻いている「敵意」を当事者の口から直接聞いてリアルに体験することを目的としたものなのだ。

社会が敵を作り出す

同展示を企画したのは、長年戦場フォトジャーナリストとして活躍しているKarim Ben Khelifa氏だ。同氏は、数多くの紛争地域を訪れた経験から、紛争地域の現実を知らないヒトは気づかないようなひとつの事実を発見した。

同氏が発見した事実とは、対立する地域の戦闘員は、住む地域や信じている「正義」は異なっている一方で、対立する地域と戦闘員に対する「敵意」はよく似ていたのだ。原因は違えど「憎しみ」は同じ、というわけである。

こうした発見に対する説明として、同氏が導いた結論は「敵意は社会が作り出す」、というものだ。同氏の言葉を借りると以下のようになる。

敵の人間性を否定することは、想像力の欠如によって敵に共感できなくなったからだと決めることはできません。

...なぜなら、ヒトを包み込んでいる社会がその社会の外に敵を作り出し、一度も会ったこともない子供でさえも、敵とみなすようになるからです。

そこでひとつの疑問が生じます。もし、対立する反対の社会にいたとしたら、どうなるか?

同展示は、対立する戦闘員のどちらか一方を「悪」あるいは「善」と決めるようなことはしない。同展示のねらいは、地域紛争とは恨みのような個人的感情に原因があるのではなく、個人を超えた社会が対立と敵意を個人に植え付けることにあり、その「敵意」が感染した現場を戦闘員の証言を通してVR体験してもらうことにあるのだ。

典型的な「イマーシブ・ジャーナリズム」コンテンツとは

「The Enemy」は、現実を題材としてヒトのココロに強く訴えるVRコンテンツという意味で「イマーシブ・ジャーナリズム」に分類できる。だがしかし、同展示はVR体験によって特定の感情を喚起する同ジャンルの典型的なコンテンツとは異なり、どのような感情を抱くべきか分かりかねる「葛藤」を体験させるところが画期的なのである。

それでは、同ジャンルの「典型的な」コンテンツとはどのようなものか。以下にその代表的なものを紹介する。

「Nobel’s Nightmare」は通信社SMART News Agencyが提供する「Nobel’s Nightmare」はシリア内戦で崩壊した建築物や、怯え逃げ惑う人たちの様子を記録したドキュメンタリーだ。

映像はYouTubeに投稿されており誰でも閲覧可能となっている。シリアの惨状は日本でもニュースで伝えられているが、イマーシブコンテンツとして体験することで内戦の悲惨さをより直感的に理解しやすくなるという効果が期待できるのではないだろうか。

フジテレビとGREEが共同で行うVRプロジェクト「F×G VR WORKS」は、「ジャーナリズム × VR 「私はこの場所で被災した」」と題したVRコンテンツを制作している。

360°動画形式で作られたドキュメンタリー番組で、360°画像の一部に他の画像をオーバーラップさせるなど、「ただただ、360°形式で画像を切り取った」という表現にとどまらない、VRならではの新しい表現を実現している。

以上のふたつの360°動画は、いずれもすぐに訪れることはできない被災地をリアルに体験することによって、視聴者に強い共感や同情を喚起するのだ。

イマーシブ・ジャーナリズムの新しい可能性

イマーシブ・ジャーナリズムは、過度に共感を強調すると「同情の押しつけ」となる危険性をはらんでいる。本記事で紹介した「The Enemy」は、特定の感情を喚起することなくヒトのココロを揺さぶるという意味において、「同情の押しつけ」に陥ることなくイマーシブ・ジャーナリズムの新しい可能性を提示している。

「The Enemy」が示している可能性は、地域紛争以外の社会問題にも応用できるのではなかろうか。例えば、環境問題における先進国と発展途上国の対立を浮き彫りにする、という試みが考えられる。この問題では、どちらか一方が「悪」とは言えず、その対立そのものをリアルに体験することにこそ意味があるのではなかろうか。

イマーシブ・ジャーナリズムには、まだまだ果たすべき役割が数多くあるのだ。

ソース:The Sociable

吉本幸記


千葉県在住のフリーライター。ITエンジニアとしてスマホアプリの開発等に携わった後、 フリーライターとして独立。VRをはじめとした最新テクノロジーがもつ社会変革の可能性に注目している。 http://resume21century.blog.fc2.com

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